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Stone Bridge / Shaharah . Hajjah . Republic of Yemen , Arab




月をながめるたびに あの日の夜のことを思い出す




天空の村の麓 Al Qabai に戻った僕は


いつしか 人々の輪に入り 共に月を眺めていた



護衛のヤヘヤにアリ この村から Shaharah へのドライバーを務めたホセ


彼は宿のオーナーでもあった



そして日本女性が大好きな宿のスタッフの青年 名も知らぬ村の人々と長老




ヤヘヤとアリが寝るために大きく広げたゴザの上で


お酒のようにふるまわれる紅茶を飲みながら


みんなで語った




彼等の話すアラビア語は 全く分からない



しかし あの夜は 言葉なんて必要ないんじゃないかと思えた



美しい満月の下  想いの分だけ幸せと 想いの分だけ悲しみを感じた時間が過ぎて行く





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思えば長い道程だったのかもしれない



'Amran の街を出てから さらにもう一つの check point を越え


幹線道路をひた走る




途中 人を乗せ そして降ろし その繰り返し



幹線道路から道を逸れるHuth の街で


銃で武装した民兵による最後のcheckを受けてからは


さらに多くの人々が 立ち替わり 入れ替わり


我がドライバー マヘドの運転する車の乗客となっていった




赤ん坊を抱いた青年 通りすがりの老人 途中立ち寄った店の店員...




皆 その肩からは ロシア製の機関銃がぶら下がっていた



日本でその光景を見たならば


それは とてつもなく危険な事であるに違いない



しかし ここは彼の国より 遠く離れた辺境の地


いったい どれだけの"常識"が通用するのか



何処の地でも あたりまえのように流れる時間を


目の前に広がる光景を ただ当たり前のように受け止める自分が そこには居た









幹線道路を抜けてからは 道は険しくなる一方だった



空気は 大地はとにかく乾ききっている


遠くにそびえる山々に囲まれ 乾燥に耐えながら木々が大地に根を下ろす



そんな大地は 所々砂の大地となり


かろうじて見える轍を 我々の車が走り抜けると共に


大きな砂埃が 空へと昇って行く




距離にして約30km




微妙に変化するそんな道程を 2時間以上走り続け


ようやく中継地点 Al-Qabai の村に辿り着いた





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ここまでの道のりは 険しくとも どちらかと言えば平坦な道


しかしここからは 一気に山を登るかなり激しい行程となってゆく



マヘドが指さした これから向かう村は 高々と前方にそびえ立つ


まさにその山々の頂に存在していた




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この村より先へは 我々の用意した車で進むことが出来ない



車の能力ではなく そうする事が許されいないのだった




なので ここまで行動を共にしたドライバー マヘドとはしばし別れ


村のホテルのオーナーでもあるホセの運転する車に乗り


2人の護衛 ヤヘヤとアリ そして村の子供達と共に


まるで崖の上に続く道を ゆっくりと登り進んでゆく




正直ここまで激しい山道を 車で登ったことは今まで一度も無かった


石が敷き詰められた山道 その道をガタガタと けたたましい音を鳴らし


人が軽く走るのと同じ位の速さで進んでゆく年代物のトヨタ車




このタフな車達の存在が 彼等の我々に対する信頼を勝ち取ってきた事も


また一つの事実である




途中 何度かスイッチバックを繰り返しながら


小さな集落を 1つ2つと越え


人を乗せ また人を降ろし 着実に高さを稼いでいく




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そんな中 遙か遠く上の方に見える山々の間に 途中 何やら小さな建造物を見ることが出来た



カメラの望遠レンズで その物体を覗くと 意外なことにそれは石橋だった




Shaharahの石橋




道のりは まだまだ果てしなく続くらしい




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その道の先にあった分岐点で 今までと同じように山の頂に車の舵を向け


また さらに急で険しい石段の道を ゆっくりゆっくり


まるで 人の歩くスピードよりも遅い速度で随分登って行くと


目の前に 今までにない大きな集落が広がってきた




もうそれ以上 昇るべき山々は見えない




すなわち 此処が天空の村 Shaharahだった




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San'a より約160km




果たして今朝 San'a を出てから どれだけの時間が過ぎたのだろうか


このとき それすらも考えられなくなっていた



この地に足を踏み入れた時 すでに腕にはめていた時計は 意味を成さなくなっていた


壊れたという事ではなく 見る必要がなかった



だから この時の時刻は 全く覚えていない


日が少し傾きつつあったので 夕方近くになっていたのではなかろうか





San'a より約160km





途中 'Amran の街に立ち寄ったとはいえ


それほどの時を ここまで費やしていた




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宿に荷物を置き 護衛のヤヘヤとアリ そして近所の子供達と共に


来る途中 遙か山の頂に見えた あの石橋へと向かった



この石橋の存在によって shaharah の名前は 今日我々の耳に入ることとなった




〜 al-'aqd 〜




今から約400年前の17世紀初頭に この橋は架けられたという


その間 どれだけの人々の生き様と どれだけの人々の願いを見続けてきたのだろうか



それを考えるだけで 何だか心が熱くなってきた




石橋は今居る集落のはずれにあった



周りの家々を見渡しながら ヤヘヤとおしゃべりしつつ ゆっくりと村の外へと進んでゆく



この石造りの建物を 眺めているだけでも ここに来た甲斐はあったと思う


それほどまでに 家々は このイエメンという国を感じさせてくれた 




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ヤヘヤとのおしゃべりと言っても 彼はアラビア語しか話すことが出来ない



なので 向こうがアラビア語で話し こっちが英語で返す


通じるはずがないのに なぜかコトバが通じていた



きっと気持ちの持ち様なのだろう




彼は何だかはしゃぎながらも 携帯電話が通じないと嘆いていた



どうも家に電話をかけたいらしい




この村に辿り着く途中にあった小さな店で 無線電話を使う人を見かけた


電話を見たのはそれっきり



下界の村 Al-Qabai では 携帯電話が繋がるようだが ここまでは電波が届かないらしい

(意外なことに アラブでは携帯電話が かなり発達している)



道すがら 色々な所でトライする彼の姿が 何とも可愛らしくも見えた





もう一人の護衛 アリはと言うと とても物静かな人物だった



はしゃぐヤヘヤとは正反対




所々で立ち止まりながら 何やらおしゃべりし続けてる我々2人を置いて


半ばあきれ顔で さっさと前に進んでいく


引き連れているのは はしゃぎながらついて来る子供達ばかりだった




その子供達も いつの間にやら数が増え


更にこの集団を遠くから眺める人々も現れ 何だか賑やかな雰囲気になってゆく




彼等にとって我々は よそ者のお騒がせ集団に違いない





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そんな状況の中 歩いていた集落の道も 気がつけば谷へと繋がる細道へと変わり


その先に 彼の石橋が ひっそりと姿を現した



先に着いたアリと子供達が 我々2人を迎えてくれる




明らかに 呆れて疲れている様子ではあったが...




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呆れるアリとはしゃぐヤヘヤ





橋に近づくに従い ヤヘヤのテンションは更に高くなってゆく


何が彼をこうさせたのか とにかく楽しくてしかたない様子だった




そんな我々をよそに 目の前には 静かに400年もの歴史が横たわっていた


近づけば近づくほどに その長い歴史の重みが 身体の中にスーっと入り込んでゆく




息を飲みながら この石橋の隅々までを丹念に見つめた





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すると 先ほどまではしゃいでいたヤヘヤの 大声で呼ぶ声がした




〜 お前はこれをどう思うんだ 〜




彼はある落書きを指差し そう語りかけてきた



そこにはアラビア語と英語で ある文章が書かれていた


もちろんアラビア語の方は意味が分からない


しかし英語の方は読むことができる





その言葉には きっと彼らイエメン人の アラブ人の強烈な想いが込められているように思えた


その意味を あえてここに書くことはしない



ただ 最終的にヤヘヤの問いに対して 頷いて答える自分がそこにいた


その反応に 彼は円満の笑みを浮かべていた






今回の旅において 何度もこのような問いを 投げかけられたように思える


その度に 自分に問い掛け続けていた



Yes なのかNo なのか



それは今でも続いている



先の戦争のことを ニュースで目にするたびに...




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ヤヘヤのテンションは さらに上がり続けていた



突然 彼は谷の向こうの小さな洞窟に向かって 機関銃の狙いを定め始めた



その様子を 写真に撮れという



唖然としてその様子を眺めていると 目の前で彼は大きな銃音を放ち 目標物を打ち抜いた


その音色は凄まじく 谷じゅうにこだまとなって響きわたっていた




いいのだろうか?




そう思ったのつかの間 遠くから何やら銃声が聞こえてくる


この音に挑発されたに違いない


そしてその後 しばらくの間 どこからともなく銃声が響き続いていた




本当にいいのだろうか?





隣で 彼は "知らん顔 " をしていた


かなりよくないと思う




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石橋と集落を結ぶ道の途中に なぜか気になる風景があった



それは崖の側に建つ 一軒の石造りの小屋だった


しかし そこへ行くには 来た道を大きく外れないといけない




"我々は この村で自由に動くことが許されていない "




駄目元でヤヘヤに そのことを伝えてみる


すると彼は待ってましたかと言わんばかりに 道を外れ 側にある畑の中へと先に走って行った



アリは勝手にしろといった感じで その様子をだだ眺めている



結局 合図するヤヘヤの後を 急いで追ってゆくことにした



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途中 写真を何枚か撮り 目的の小屋でようやくヤヘヤに追いついた



そして小屋の側から 遙か遠くまで延々と続く大地を この男二人で静かに眺めた




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振り返ると さっきまでは居なかった村の青年達まで 不思議そうにこちらの行動を観察している


きっと この2人が取った行動が 予想もしない事だったのだろう



道端を走り回っていた子供達でさえ こちらの様子を静かに見つめていた




目線を 先ほどの石橋の方へと向けてみる




そこには 先程までには目に出来なかった 下から見上げる石橋の姿があった



ヤヘヤはもっと先へ行ってごらんよと微笑んでいる



何だか無我夢中になっていたのかも知れない


ごつごつした岩場を 慎重に下りていった



慎重に 慎重に...




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まさか こんな辺境の地で 自分が岩肌にへばりついているとは 思いもよらなかった




後ろを振り返ると 遙か下界へ 何処までも大地が広がり


そして その前方には 長い歴史を刻んだ この地の祖先の遺物を はっきりと見ることが出来る




〜 なぜ どうして今此処にいるのか 〜




大地の広さ 大きさを 自分達の存在の小ささを


この場で 強く心に刻んだ




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再び宿に戻り ヤヘヤとアリ そしてホセとこの宿のオーナーの5人で


ガートを噛み お茶を飲みくつろいだ



宿の窓から外を見ると 太陽が随分西に傾き 大地がほのかなピンク色に輝いている


しばらくその様子を眺めていると ヤヘヤが村の中を散策しようと誘ってくれた


その言葉に すぐさま先ほどのメンバーで再び出かけることとなった








今度は石橋へ向かう道と また違う通りを歩いた



どの建物を見ても その石造りの趣は見ていて飽きない




何度となく振り返り 何度となく見上げた




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そして ヤヘヤに導かれるまま 細い砂利道を進んで行くと 集落の先端と言う名の断崖に出た






振り返ると 見上げ眺めていた村の姿が見え




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前方には 風化しかけた一軒の建物があった




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その向こう側には深い谷が広がり 遠くには連なる山々の姿が見え


山の中に 所々集落を見ることが出来る




そんな所にも 人々の暮らしがあるのだった



そして断崖の淵となったその建物の側に立つと


遙か下の方で 飛ぶ鳥たちが 本当に小さく見える





これほどまでに 山の荒々しくも広大な風景を 今まで見たことがない


いや 今後もう見る事は無いかもしれない




心地よく吹く風の中 沈み行く夕日を背に


しばらく この場所で 佇んでいた





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宿に戻ると 夕食の準備が出来つつあるとの事だった


お茶を飲み 少し休んでから 皆で頂くことにした



とても大きなお盆に 全員分の食事が乗せられてくる


それを みんなで一緒につついた



やはり大勢で食べる食事は美味しい


彼等と居るときはいつも 彼等と共に 彼等と同じように食事を頂いていた



だから少しだけ この旅人でありよそ者である自分を 彼等は受け入れてくれたのかもしれない



美味しそうに食事をとる姿に 周りの人々から いつも笑みがこぼれていた









宿のオーナーによると 旅行者 特に欧米人はこの宿に泊まるのを皆嫌がるという



話を詳しく聞くと この宿が完全に近いイエメンスタイルであることが原因のようだった




完全なるイエメンスタイル




特に驚きをもって受け入れられ 時に拒絶されるのはお手洗いだった



とても広く立派な所だったが その使い方に旅人は戸惑うという


自分はというと やはり他のイエメン人達と同じように このスタイルの中でくつろぎを見せていた





郷に入れば 郷に従う




その事に 喜びすら感じていた


ここは" 幸福のイスラム " イエメンだから...




だから 自分は当然この村で夜を明かし この村から昇る太陽を見て


この村に流れる朝の静かな時間を満喫するつもりでいた





しかし 実際は全く別の行動を取ることとなった




食事の後 再びお茶を飲みくつろいでいると ヤヘヤが突然下の村に帰りたいと言い出した



出発の時間の関係で この村を朝出発する場合 随分早起きをしないといけない


しかし 下の村に今日中に帰れば 明日の朝はゆっくりと過ごす事ができる



彼はそう言っていた




英語の話せるホセも 宿のオーナーも その事に対して全く問題ないと言う




そんなやりとりをしている中で 妙な胸騒ぎがした



なぜそう思ったのか その時は知る由もない


ただ 朝の事はどうあれ 彼の言うとおりこの日のうちに山を下りた方が良いように思えた




日はどっぷりと暮れている


その状況で 山を下りることは逆に危険な事かもしれない




しかし 決断した





〜 山を下りよう 〜





ヤヘヤは大喜びしていた




宿のオーナーに 少し多めに夕方の食事代を払い ホセの運転するトヨタ車で山を下りる



ガタガタ ガタガタと大きな音が山間に響いていた



辺りは真っ黒なため 行き以上に慎重にホセは車を操る


その隣で 不思議な感覚に囚われていた




いったい さっきの胸騒ぎは何だったのだろう...









夜道をどれくらい走ったのか


かれこれ2時間以上は走ったようにも思える



Al-Qabai の村に戻った我々を 皆驚きの顔で迎えてくれた


我がドライバー マヘドは何かあったのかとかなり心配している



彼には大丈夫だと告げ あてがわれた部屋に荷物を置き 皆が集まる場所へと戻った




そこは ホテルの建物の外


涼しい風が吹く中 ゴザを敷き 皆が話し込んでいる



光がほとんど無いはずの場所なのに


空に輝く満月が 柔らかい光を灯す蝋燭のように 皆の顔をほんのりと照らしていた




月が無ければ 空には満天の星空が見えた事だろう


しかし 今 目の前に広がる光景は 忘れがたい面影を心に焼きつけてくれた



本当に忘れる事の出来ない月夜だった





彼等の話すアラビア語の 言葉の響きが心地よい



時には英語の話せる人が その内容を教えてくれ


時には彼等の話すアラビア語に頷く




これと言って 特別な事をしている訳ではない


ただ 皆で語りながら お茶を飲み 満月を眺めているだけだった




日本から 遠く離れた辺境の地で...




ここまで来た甲斐は十二分にあった


山を下りたのは 彼等と共にこの時間を共有するためではないのかとも思った




そんな時 輪の中にいた長老が おもむろにラジオを取り出した


静かな月夜に 人々の声と ラジオの音色が響いている




穏やかな時間だった




しかしそんな中 突然人々の表情が変わってしまった



皆ラジオから聞こえるアラビア語版BBC放送を 真剣に聞き入っている




あまりの雰囲気の変わり様に驚き 聞いてみた




ラジオは 何を伝えているのかと...





皆 お前は仲間だ 大丈夫 大丈夫と口々に言ってくれる



複雑な気持ちだった




満月の下 心の底から悔しさすら こみ上げてきた









静かな とても静かな夜 この村にも平穏で平和なときが流れていた



あたりまえの時間  流れるべきして流れる あるべき時間




なのに再び戻ったこの村で ラジオは静かに語っていた






"1つは アメリカ人とカナダ人が殺されたということ "



" もう1つは 明日から同じ中東の国で戦争が始まると言うこと "




そして  侵略とも言えるその戦いに日本も参戦を表明したことを


日本を愛するアラブの人々の味方ではなく 彼等を苦しめる側の人間として...







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